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日本初の送信用アレキサンダーソン型高周波発電機

長距離無線通信を国産技術で実現。
黎明期の国際無線通信を支えた、通信用高周波発電機。

日本初の送信用アレキサンダーソン型高周波発電機

通信は第一次世界大戦後、通信量増加や通信時間の短縮要求に応えるため、ケーブル方式に代わり無線方式が採用されるようになった。初期の火花式送信機や電弧式送信機は、信号の発信に火花放電やアーク放電を利用しているので、出力が安定せずノイズが大きい等の欠点があった。さらに通信量を増やし、通信距離を延ばすために、高出力でノイズの無い信号を連続して送信できる装置が求められた。

そのような中、無線送信機の発信器として、1908年米国GE社のE.F.W. Alexandersonが同氏の名前を冠したアレキサンダーソン型高周波発電機を発明し、1920年頃には多数の出力200kW機が無線通信局で使用されるようになった。出力周波数は20kHz程度であり、通信周波数としては低い周波数に属するが、発電機としては一般的な出力周波数50Hz/60Hz(電力系統周波数)より極めて高いため、高周波発電機と称される。

当時、長距離無線通信技術を必要としていた我が国は、独自技術で同型機を開発することになり、1920年に芝浦製作所が日本海軍からの発注に基づき、125kVA機(出力100 kW)の開発に成功した。125kVA機は、1922年に当時の日本海軍佐世保無線電信所(針尾送信所)に配備され、中国大陸、東南アジア、南太平洋方面の通信に使用された。また、125kVA機は後のさらに出力を上げた400kW機および500kW機の先行開発機という位置付けもあった。

400kW機は、逓信省からの発注で製造され、1922年、原町送信所に配備され太平洋方面の通信に使用された。原町送信所は1923年、関東大震災発生の一報を米国に送信したことで有名である。500kW機は日本軍から発注され、中国北京郊外の双橋無線電信局に配備された。どちらも同型機としては世界最高出力であり、我が国の国際通信に大きく貢献した。

400kW機の完成直後となる大正10年(1921年)7月に芝浦製作所が残した図書「400キロワット特別高周波電動発電機の説明」の文末には、開発の困難さについて記述がある。
「本機製造に当たりて、時あたかも世界大戦の末期に際し、使用材料の輸入殆ど望みなかり為め機械の全部は皆内地製材料を使用せり。是がため弊所員の苦心実に尋常ならざるものありき。しかして各部設計及び製作は皆幾多の見本を製造しかつ之を試験してその結果により決定せしものにて、一片いやしくもせざりし苦心と努力とは製作に関与せざりし人々には想像だもなし能(あた)わざる所にして、全機は実に各担当者の努力の結晶と称するも敢えて過言に非ずと信ず」

今日、世界的に見ても保存が確認されている大出力のアレキサンダーソン型高周波発電機は本125kVA機(東芝エネルギーシステムズ株式会社京浜事業所所蔵)と海外にあるGE社製200kW機2台のみであり、技術遺産として大変貴重なものであると、電気学会より2019年3月、「第12回でんきの礎」に顕彰された。

400kW機は、1922年原町送信所に配備された
400kW機は、1922年原町送信所に配備された

125kVAアレキサンダーソン型高周波発電機
125kVAアレキサンダーソン型高周波発電機

針尾送信所の現在の遠景 佐世保市教育委員会提供
針尾送信所の現在の遠景 佐世保市教育委員会提供

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