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日本初のMRI装置

試行錯誤を繰り返し、作り上げたMRI装置。慈恵医大病院に納入した1号機は、世界初の商用機。

日本初のMRI装置の画像

人体を切らずに病気を診断したいという医者の夢は、1895(明治28)年、ドイツのW.C.レントゲンによって発見されたX線により人体の透過像が得られて、初めて実現した。また、透過像でなく実際に切断したように体内を見てみたいという願いも、1972(昭和47)年に英国のG.N.ハンスフィールドによって開発されたX線CT装置からコンピューターで再構成する手法により輪切り像(断層像)が得られ、より精密な画像診断が可能となった。

しかしX線では人体の柔らかい組織の識別が難しく、放射線被曝の問題もあるため、より安全に人体の詳細な組織画像を得るため、それまで化学分析などに使用していた核磁気共鳴(NMR)技術により、体内の水分についての画像を得る方法が、米国のラウターバーらにより1970(昭和45)年に考案された。この功績により2003(平成15)年、英国のマンスフィールドと共にノーベル生理学・医学賞を受賞した。

その後、研究成果を基に各社がMRI装置の開発を始め、当社では1979(昭和54)年から東京大学物性研究所安岡研究室と、小型磁石を使った基礎的な研究を開始した。磁石が小さいため、近くの八百屋で買ったレンコンや、オクラ、プチトマトを試料に、断面像を得ることから始めた。植物は断面が容易に見られるので便利だが、測定は手作りでデータを紙テープに記録しオフラインで計算機にかけ再構成を行った。

1980(昭和55)年秋にはMRI装置開発プロジェクトチームが発足、基礎研究から装置開発に移行した。当時、人体の検査装置は空芯の常電導磁石を使ったものしかなく、1981(昭和56)年に全身用常電導磁石をドイツから購入し、那須工場でMRI装置を試作した。試作した装置を1982(昭和57)年に大井町の東芝病院に据え付けて、初めての臨床研究とMRI装置の治験を進めた。当初、撮像の条件が十分に分らず、メンバーが被検体となって試行錯誤を繰り返し、撮像条件を決めていった。

そして当社の治験結果を基に厚生省から薬事認可を得て、1983(昭和58)年5月に慈恵医大病院に1号機を納入した。これが厚生省から認可を受け、商品として販売した日本初のMRI装置であった。米国では海外各社の臨床研究用MRI装置が稼働していたが、商用機としての認可は米国FDA(食品医薬品局)から取得していないことが判明し、日本初の商用機は世界初の商用機になった。

その後、MRI装置の技術開発が急速に進み、現在では常電導磁石を使った低磁場の装置より画像が鮮明で高速撮影ができる高磁場超電導MRI装置や、中磁場で開放的なオープンMRI装置が多く使われている。

オクラの断層像
オクラの断層像

東芝病院での試作機臨床試験
東芝病院での試作機臨床試験

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