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世界初の家庭用インバーターエアコンの開発

インバーターでコンプレッサーを壊すところから始まり、
夏休みを返上し裸で試作と確認を繰り返す。

世界初の家庭用インバーターエアコンの画像

1970年代前半の冷暖房タイプのエアコンは暖房能力が不十分で、室内ユニットに補助ヒーターを組み込むタイプが主流であった。

一方、1973(昭和48)年の石油危機による省エネの高まりから、エネルギーロスを低減するため、オン・オフ運転で行う室温調整に換えて、圧縮機を連続で能力制御できる機能が要求されていた。既にアイデアとしてインバーター(周波数変換装置)を使えばその実現の可能性は予想されていたが、当時は高価で大きいという欠点がありエアコンへの搭載は困難と考えられていた。そこで、当社は最新鋭の大電力トランジスターの利用やマイクロコンピューター制御による「正弦波近似パルス幅変調方式」を採用し、従来のインバーターの1/6という大幅な小形・軽量化を実現して、世界で始めて業務用インバーターエアコンを1980(昭和55)年10月に発売した。

この業務用インバーター技術を家庭用インバーターエアコンに応用すれば必要に応じて能力を上げられるとの期待から、1980(昭和55)年12月に開発がスタートした。最大の課題はインバーター(圧縮機の回転を早くしたり遅くしたりする電気回路)の価格と大きさであった。また、それまでは一定の回転数で回ればよかったエアコンの心臓部である圧縮機がインバーターの指令によって遅くなったり速くなったりするので、どこに異常が生じるか全くわかっていなかった。

したがってまずは圧縮機を壊すことから始めたようなものだった。それは、第1に回転数を上げると圧縮機の機構部の潤滑油が過剰に流れ出し、逆に回転数を下げると潤滑不良が発生した。第2には吐出弁がみな折れてしまった。ローラーの回転が上がると弁の衝突の度合いが激しくなるためである。同じ理由でベーンが摩耗してしまうという故障も見つかった。第3には「キーン」という異常音が発生した。次々と出てくる課題を一つずつ解決していった。家庭用エアコンは交流100V仕様のため、いったん交流200Vに変換して圧縮機に供給する倍電圧整流方式を採用した。小型化のためのジャイアントトランジスター(圧縮機とインバターを結ぶ回路をコンピューター制御する重要な部品)の開発は半導体事業部との共同で行った。

圧縮機とインバーターのめどが立ったのは1981(昭和56)年8月末で、インバーターは業務用のものに比べ1/3の大きさとなり家庭用エアコンの室外機の圧縮機上部に配置することができ、価格は2/5にまで改善できていた。一方、冷凍サイクルの開発も困難にぶち当たり、工場修理のための停電の悪条件の中、夏休みを返上して、裸で試作と性能確認を繰り返し行い、同年9月にようやく完成を見た。

1981(昭和56)年12月12日の報道発表の反響はすさまじく、エアコン技術史に大きな革命を起こしたとして1984(昭和59)年に(財)新技術開発財団から「市村産業賞」を受賞、2008(平成20)年には(社)電気学会から第一回「でんきの礎」に登録された。

インバーター回路
インバーター回路

(社)電気学会「でんきの礎」受賞
(一社)電気学会「でんきの礎」受賞

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