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世界初の自動車エンジン電子制御(EEC)マイコン

突然フォード社から米国排ガス規制法(通称マスキー法)の
プロジェクトに参加しないかと分厚い仕様書が送られてきて...

世界初の自動車エンジン電子制御(EEC)マイコン

一般機械装置の制御方法が電子管から半導体に急速に変わりつつあった1970年代、自動車のほとんどの制御はメカに頼っており、いずれ自動車にも半導体制御の時代が来るであろうと予感されていた。その頃、当社はフォード社と自動車用オルタネーター(交流発電機)整流ダイオードの供給で緊密な関係があった。1971(昭和46)年3月、突然フォード社が米国ガス規制法(通称マスキー法)対策の自動車エンジン電子制御装置(Electronic Engine Control、以下EEC)のプロジェクトに参加しないかと分厚い仕様書を送ってきた。このプロジェクトは既に半年前からスタートしており、RCA社やモトローラ社などが検討を始めているとのことであった。

フォード社からきたエンジン制御の電子化の要請は簡単な仕様が示されただけで、プロポーザル(提案書)作りは大変困難なものであった。幾つかのプロポーザル案を検討したところ、マイコンによるエンジン制御の提案がフォード社の興味を引くことになった。しかし、インテル社の4ビットマイコンが世に出たばかりで、当時DEC社のミニコン(PDP-11)は1万ドルもしていた。フォード社からの要求は、このミニコンに近い性能を有するマイコンをわずか100ドルで作ろうというものであった。しかもこのDEC社のミニコン(PDP-11)は高さ1.8m、幅、奥行き80cmの大きさで、空調の効いた部屋に置かれていたが、同じ性能をエンジンルーム内の限られたスペースに収め、激しい振動や過酷な温度変化に耐えられるものを要求してきていた。

急きょ、全社的プロジェクトとして電子事業部の中に特別開発チームを作り、LSIマイコンへの挑戦を始めた。まず、第一の関門は米国デトロイトでの機能テストであった。システム設計担当の必死の努力で、ダンボール箱大のブレッドボードコンピューターを完成させ、フォード社の装置と組み合わせ、実車テストを行った。開発初期のテスト車のトランク内はエンジン制御システムだけで一杯となった。

次の段階は、このブレッドボードで確認した回路のLSI化であった。CADもないマニュアル設計の時代に、設計プロセス担当の昼夜に及ぶ驚異的な努力で、この大規模設計を一度の失敗もなしに動作させることに成功した。

次の難関は、このLSIの量産化であった。しかし、第1次オイルショックによる不況や米国議会でのマスキー法規制緩和などが重なり、フォード社からは一向に正式な発注がないままLSI量産の決断を迫られた。フォード社からの受注の確約を得られないまま進められるプロジェクトに対し、社内から批判が続出したが、最終的に土光会長(当時)の決済でプロジェクトの継続が決まった。この結果、最終的に当社が開発メーカーとなり、1976(昭和51)年には耐久テストに合格し、翌年から製品の納入を開始した。最初はフォード社の“リンカーンベルサイユ”に搭載され、その後多くの車種で引き継がれた。マイコンによるEEC開発は、本格的なカーエレクトロニクス時代の幕開けとなった。

トランクに入ったブレッドボード
トランクに入ったブレッドボード

自動車エンジン制御モジュール
自動車エンジン制御モジュール

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