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日本初の家庭用もちつき機

いつでも、手軽につきたてのもちが食べられる“もちっ子”。
「蒸す」と、「つく」ができ、パン生地や味噌もできるスグレもの。

日本初の家庭用もちつき機の画像

1962(昭和37)年ころに、農家向けにもちをつく大きな機械(3升用)が出回りだした。駆動するモーターからベルトをかけて、スクリューを回転させる構造である。1968(昭和43)年には、モーターを内蔵させ、羽根を回してもちをこねる機械が売り出された。農機具メーカーが農家向けに開発した大きな機械であった。これらは、先に蒸籠(せいろ)で蒸したもち米を、「機械に移して」もちにするのである。

昭和40年代に入り、さまざまな家電商品が普及するようになったころ「どこの家庭でも、手軽につきたてのもちが食べられるもちつき機ができないか」と、名古屋工場(当時)の開発部門が新しい調理機器の研究を進めていた。そして多くの意見の中から、一般家庭でつくもちの量は1升で十分との結論が得られた。一方で、「都会の家庭で使えるように、もっと小型の商品ができないか」「蒸し終えたら、そのまま同じ臼(容器)の中でつく作業ができないだろうか」という課題が出てきた。

さらに「つくだけの機械」に、「蒸すためのボイラー」をいかに組み込むかが、難問であった。知恵を出し合って試作と実験を繰り返した結果、臼の下、モーターの反対側に空間を確保し、ボイラーを組み入れることに成功した。

しかし、まだ解決すべき大きな問題があった。それは、このもちつき機で作ったもちの「食感」と「ねばり」である。さらに、お雑煮を煮たときに型崩れが起こらないことである。いかにして「杵つきのもち」に近づけるかを研究し、臼の底に取り付けた羽根の形と回転数を変えては、実験を繰り返す日々が続いた。

その結果、羽根の回転はできるだけ遅い方が、もち米の組織を傷めにくいことがわかった。

そこで、羽根は1枚羽根とし、モーター直結でなくベルトで減速する構造とした。また、臼や羽根の表面はフッ素樹脂加工にした。するともちのつき加減もよく、何よりもつき終わった後のもちが非常に取り出しやすくなった。

このような試行錯誤の末、1971(昭和46)年、日本初の家庭用もちつき機“もちっ子”を発売した。お店で実演をはじめると、大変な人だかりができた。もち米がくるくる回りながら、徐々にもちに変化する様は、見ていて飽きないのだ。“もちっ子”は爆発的に売れだした。

この商品の大きな特徴は、1台で「蒸す」と「つく」の2つの機能を合体させたことである。これまでのように、かまどの蒸籠(せいろ)から、つく機械へと移し変える手間が省けた。

1976(昭和51)年、市場はピークを迎え年間100万台近くが販売された。もちつき機は、蒸し機能を活かし「赤飯」、「シューマイ」、「パン生地(練りと発酵)」など、多くの調理が可能になった。また、羽根を回して調理する技術は、後にホームベーカリーなど他の機器にも活かされている。

自動もちつき機取扱説明書
自動もちつき機取扱説明書

自動もちつき機の構造
自動もちつき機の構造

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