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日本初の量産型柱上真空開閉器

配電線網のより安全に貢献した柱上真空開閉器。
万全の品質管理で累計納入20万台を達成。

日本初の量産型柱上真空開閉器の画像

電柱を見上げると電線だけでなく、変圧器や区分開閉器(単に開閉器ともいう)が取り付けられている。この開閉器の目的は、例えば配電線網のある地点で事故が起きたとき、事故発生のブロックを切り離して、停電領域を最小にするためである。このため多くの開閉器が配電線網の中に配置されている。

従来、電柱には開閉器は絶縁油の中で電流の開閉を行う油入開閉器が取り付けられていた。しかし、毎年夏になると雷害のため噴油炎上事故が発生し、1967(昭和42)年にはたまたま通りかかった市民の上に炎が降りかかり、人身災害を引き起こし、新聞報道などで大きな社会問題になった。このような公衆災害を防止するため、電力会社はオイルレス化に踏み切った。

当社は、真空バルブが本質的に電流の多頻度開閉特性に優れていることから、真空バルブの開発を進めており、この動きに直ちに呼応して、1967(昭和42)年にVSP型真空開閉器(手動操作型)を業界に先駆けて1号機として世に送り出した。

このときのタンクは鉄製の箱で、長年装柱作業に従事した作業者が慣れた油入開閉器に類似した形状とした。しかし、多数ある油入開閉器を置き換えるには限界があったため、量産設備を真空バルブの製造工場に導入し、組み立て量産ラインを作り、タンクをアルミダイカストにしたVSP2型に切り替え、1968(昭和43)年から納入を開始した。

“20年間真空リークゼロという電力会社からの要求”を実現するため、真空バルブ部品製造メーカーに部品の品質向上策の確立を依頼した。このことは、その後の真空バルブ全体(真空遮断器用バルブを含む)の品質向上に寄与し、現在に至っている。

さらに、屋外で風雨にさらされた状態を模擬した、人工気象試験室を設け、テストを行い、20年間使用に耐えることを確認した。特に大気汚染がひどい地域に装柱される場合を想定して、当時もっとも環境の悪かった京浜地区の工場での装柱暴露試験を行い、問題のないことを確認した。

その後、さらに改良を加え、VSP3型、VSP4型を経て、1978(昭和53)年にVSP5型にモデルチェンジを行い、真空開閉器としての納入台数は延べ20万台、使用された真空バルブはバルブ単体の販売分を含め300万本に達した。

これはバルブの設計はもとより、材料の選定、製造プロセスの管理および試験などで品質管理に万全を期した結果であり、量産品の工業製品で故障率100万分の1(1ppm)以下はまれなことである。

さらに真空開閉器開発部門は、この真空バルブを使用して、6kV地中配電用の区分開閉器として多回路真空開閉器を開発し、1968(昭和43)年から納入を開始した。これは3〜5回路の開閉器を一つのタンクに収め、一つの回路を電源用に、残りの回路を負荷側用に使うもので、設置場所が道路や歩道下の地下構内であるため、特に水密性能と防さび性能に留意して設計した。設計品質確認のために水槽に長期間沈め放置試験を行い、設計通りの性能であることも確認した。

量産型柱上真空開閉器VSP2型
量産型柱上真空開閉器VSP2型

多回路真空開閉器
多回路真空開閉器

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