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日本初のフェーズドアレーアンテナ(P-AA)

最初の東芝方式電子走査アンテナの研究は高速飛翔体をレーダー追尾するために開発され、
機械方式の性能を上回ると期待された。

日本初のフェーズドアレーアンテナ(P-AA)の画像

アンテナは空間を介して必要な電波を受信し放射する機能を持っている。電波利用は通信、放送やレーダー、リモートセンシングなどと他分野にわたり、それぞれの役割に応じた特性のアンテナが必要となる。通信、放送では、雑音や不要波も存在する中から必要な信号だけを受信する必要がある。レーダーでは、高速な車や飛翔体を追尾するために、放射ビームを高速に走査することになる。

このような性能を実現するには、柔軟性に富むアレーアンテナが適しており、その実用化は各分野で期待が大きかった。

アレーアンテナ(AA)は小さなアンテナ素子を直線や平面状に複数個並べ、それぞれの素子に所定の振幅・移相の高周波信号を給電する。各素子から放射された電波を空間で合成すると放射指向性が得られ、振幅や移相を制御することでさまざまな指向性が作れる(指向性合成)特長がある。最初のアレーアンテナ(AA)の研究は高速飛翔体をレーダー追尾するために1964(昭和39)年に開始されたフェーズドアレーアンテナ(P-AA)である。それまでのアンテナ本体を機械的に回転させてビーム走査を行う方式に代わり、アンテナを回転させずに電子的に高速ビーム走査できる電子走査方式は、機械方式の性能を上回るものとして実用化が待望されていた。

最初の実験装置は9素子テーパーロッドアンテナで作られた。各素子の移相制御はReggia Spencer型フェライトアナログ移相器を使い、フェライトにのこぎり歯状電流を与えて移相量を変化させる方式であった。この東芝方式のアナログP-AAは温度などの環境変化による放射特性劣化に泣かされたが、わが国最初のP-AAとして名を残すことになった。この放射特性劣化の課題を解決するため、移相量を安定して制御できるようにデジタル化したデジタル移相方式の開発を1968(昭和43)年頃から始めた。デジタル化により周期的な移相量子化誤差が発生し、アレーアンテナの放射指向性が劣化する問題には、新たに二次位相給電方式を考案した。この方式で量子化誤差が周期的に現れることを避け、走査角によらず放射指向性の劣化を少なくすることができ、実用化に道を開いた。P-AAは1977(昭和52)年から量産され、現在もより高度なレーダー追尾技術の要として開発が続けられている。

その間、AAの指向性合成給電法の研究も行われた。指向性合成を困難にする要因は素子間の電磁界結合にあり、結合を考慮すると実時間で任意指向性合成を実現する給電方法は困難とされていた。1970(昭和45)年初、高周波入力信号の振幅・位相情報を失わずデジタル信号を変換しミニコンピューターで指向性合成を行う実験の情報を入手し、この技術と信号処理技術を結び付けて実時間指向性合成ができることに気付いた。これが信号処理アレーアンテナ研究開発の動機となり、1977(昭和52)年のわが国初のアダプティブアンテナの開発につながった。現在、信号処理アンテナはスマートアンテナやMIMO(Multiple InputMultiple Output)に発展し、レーダー/通信分野の必須の技術として開発を続けている。

Reggia Spencer型フェライトアナログ移相器
Reggia Spencer型フェライトアナログ移相器

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