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日本初のカラーテレビ受像機

美しい画像を追求し、繰り返されるテスト。
21型丸形受像管から、純国産17型角形受像管へ。

日本初のカラーテレビ受像機

白黒テレビ誕生から7年後の1960(昭和35)年9月にカラーテレビの本放送が始まった。当社は1950(昭和25)年からカラーテレビの研究に着手し、カラーテレビの本放送開始に先駆け日本初のカラーテレビ受像機21型D-21WEを開発し、7月1日に市販を開始した。翌1961(昭和36)年には国産カラー受像管純国産カラーテレビ17型17WGを開発した。1953(昭和28)年12月、米国での標準方式のNTSC方式採用が決まると、NHK技術研究所を先導に、各メーカーの技術研究部門はNTSC方式の研究に注力した。1950年代後半から60年代にかけ白黒テレビの需要が急速に拡大するなか、当社ではカラーテレビ開発も全社的な取り組みと積極的人材投入が行われた。白黒テレビのライセンスに包括して送られてくる米国RCAの資料と文献をもとに、NHK技術研究所へ日参し研究結果を確認した。米国のキーコンポーネンツをもとに、明るさ、コントラスト、色彩や解像度の向上を求め、回路や部品を一つ一つ決め試作機を作り、何度も手直ししながら動作確認をした。総合評価に必要な信号源はNHK技術研究所から毎週金曜日に出されるUHF(669MHz)の試験電波を小向工場屋上のアンテナで受け、受像機テストを繰り返した。

当時、21型の丸形受像管は米国製が主力だったが、日本の家庭に合った大きさと重量を考え、純国産のカラー受像管は17型の角形とし、1957(昭和32)年5月にNHK技術研究所を中心に国内の受像管メーカーと部品材料メーカーが集まって「カラー受像管試作委員会」が発足した。21型のRCA社製丸形受像管の調査・研究に、ガラスバルブ、シャドウマスク、蛍光体、フリットガラス、電子銃などの部品材料類や露光台などの設備、受像管組立技術の開発と試作が行われた。マツダ研究所ではカラー受像管の研究が行われ、17型の開発・商品化は管球事業部が担当した。三色蛍光面製作やフリットシール(ガラスのハンダ付)など難問を克服し、1958(昭和33)年12月25日、17型角形カラー受像管の原型が誕生した。

2カ月後の1959(昭和34)年2月18日には、試作委員会で製作された純国産部品を使用した17型カラー受像管430AB22を完成させ、国産第1号として公開発表した。翌1960(昭和35)年7月に、17型17WGに搭載し名実ともに純国産カラーテレビ受像機として世に送り出した。 カラーテレビ用真空管のラインアップは当社で段階的に揃えていき、その他数多くの部品は部品メーカーと勉強会をもち回路理論、物性論、スペース性、信頼性、原価などの議論を交わしながら仕様をまとめた。カラーテレビ受像機はこうして東芝小向工場に設置された専門工場で生産されたのである。

カラーテレビ製造ライン
カラーテレビ製造ライン

カラーテレビのカタログ
カラーテレビのカタログ

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