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日本初の自動式電気釜

自動式電気釜は、主婦の家事労働のかかる時間を大幅に減らし、
生活様式にも変化をもたらせた。

日本初の自動式電気釜

日本人の主食であるご飯を釜で炊くということは掃除、洗濯とともに、主婦の家事労働の一つであり、経験に基づいたノウハウによってご飯のでき栄えが左右されるものだった。タイムスイッチを使って、指定した時間にご飯が炊ける電気釜の出現は、炊飯を単に自動の電気釜に変えただけでなく、主婦の家事労働にかかる時間を大幅に軽減し、生活様式にも大きな変化をもたらした。

この自動式電気釜の発明者は当社の協力会社である株式会社光伸社の三並義忠社長である。1952(昭和27)年、当社家電部門の松本部長から自動式電気釜の相談を受け、開発に着手した。1955(昭和30)年に完成し、特許(昭30-12352)を取得したが、その3年間の研究開発は困難を極めたものであった。

X線で結晶構造を示す生澱粉をβ澱粉、加熱によって結晶構造を分解した「のり状(糊化)澱粉」をα澱粉と呼ぶが、消化しにくいβ澱粉を、消化吸収のよいα澱粉化させることがポイントだった。98℃位の温度を約20分間続けると、釜全体の米がα澱粉化しおいしく炊ける。強火で一気に炊きあげるのがおいしいご飯の炊き方だということが判明した。

そのため、釜の水が沸騰した後、タイマーで20数分後にスイッチを切れば、理屈上はおいしいご飯が炊けるはずである。しかし試作では、芯のあるご飯やお焦げもあった。原因は釜の外気温、釜の発熱量、米や水の量によって沸騰までの時間が異なるためだとわかった。そこで、釜が沸騰し始めたことを検知し、その20分後に正確にスイッチを切るにはどうすれば良いか、試行錯誤の末、編み出されたのが「三重釜間接炊き」という方法である。

外釜にコップ一杯(約20分で蒸発する量)の水を入れ、それが蒸発した時、釜の温度は100℃以上になる。それをバイメタル式のサーモスタットが検知できればスイッチが切れることに着想した。つまり、水の蒸発をタイマー代わりに応用したもので、日本人らしいシンプルで合理的なアイデアである。ただし、この実用試験は困難を極め、光伸社の社長夫婦が、自らの製氷会社の倉庫や、寒中には自宅の庭で実験を行い、苦労を重ねやっと完成にこぎつけたものである。

当社は家電部門の山田正吾をリーダーに販売に取り組み、1955(昭和30)年12月10日、完成した700台の販売を始めたが、家電販売店は半信半疑でなかなか乗ってこなかった。そこで既存ルート以外の電力会社の販売網などを開拓し、山田自らが全国の農村で実演販売をしてからは、爆発的に売れるようになった。その後、最高月産20万台を販売し、4年後には日本の全家庭の約半数にまで普及し、総生産台数も1,235万台を記録した。

電気釜販売風景
電気釜販売風景

ER-4チラシ
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