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日本最大のかさ形水車発電機

急激に増加する電力の需要に対応すべく誕生した、
日本最大の72,500kVAかさ形水車発電機。

日本最大のかさ形水車発電機

当社が水車発電機を初めて製造したのは1894(明治27)年のことである。この水車発電機は京都水利事務所の発注による単相式60kVAという小容量のものであったが、日本で製造した水車発電機としては最初のものであった。その後、各地に水力発電所が建設されたがあまり容量の大きなものもなく、しかも外国製品が多く使用されていた。

このような状況の中で当社は水車発電機の製造に努力を重ね、大正時代に入って記録すべき製品を生み出すようになった。1913(大正2)年に製造した王子製紙千歳発電所の6,250kVA三相発電機は、当時画期的な記録品で世間の注目を集め、以後当社は国産水車発電機の大容量記録を次々に更新していった。

昭和に入ると水車発電機の製造は一段と活発化した。従来、固定子枠に用いられていた鋳物に代わり鋼板溶接枠を採用し、これにより固定子重量が約30%削減、さらに機械的な強さを増し、工程短縮と価格低下に成功したのである。また継鉄に13mm鋼板を使用した扇形鉄板積み重ね形を採用し、発電機の分割輸送を容易にする構造にした。

戦後、1951(昭和26)年になると日本の産業も発展の緒につき、電力需要の急増から水車発電機の受注も増加したが、その内容に大きな変化が見られた。開発する水力発電所はほとんど大型ダム方式となり大規模化した。さらに発電所建設をできるだけ経済的にするため、発電機の単機容量を増大し予備機を置かず、建屋についても機器の配置や組立分解機能を犠牲にしてでも床面積を少なくし高さを可能な限り低くすることが要求された。

これに応えるため、発電機の全高を極力小さくした「かさ形水車発電機」が出現した。かさ形水車発電機はスラスト軸受を回転子下部に配置したもので普通形のものに比べ、5〜10%価格が安くなるところから欧米でも広く採用されるようになった。

一方、電力の需要は年を追って急激に増加したため火力を中心に電源開発が進められ、従来の水主火従から火主水従となるに及んで水力の使命が電力需要のピークを受け持つウェイトが多くなったことも発電機の大容量化をうながす一因となった。関西電力丸山発電所の7万2,500kVAの水車発電機は、このような事情のもとに、戦後初めて製造した「かさ形構造」の大容量機であった。

佐久間発電所
佐久間発電所

奥只見発電所
奥只見発電所

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