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日本初のテレビ放送機

NHKとの共同研究を進め、テレビ新時代の要請に
俊敏かつ果敢に対応。テレビ放送用各種機器で活躍。

日本初のテレビ放送機の画像

当社のテレビの研究は1928(昭和3)年に始まった。この年は英国のベアードが初めてテレビジョンの実験を行ってから3年後に当たる。当初の走査方式はニポー円板を用いた機械的方法で、送像側は光電管によって光の明暗を電気信号に変換し、受像側ではネオン管の電流強弱により映像を再生していた。1930(昭和5)年米国でファルンスワース方式が発表されると、当社のテレビジョン研究の方向は全電子式走査方式に転換することになり1933(昭和8)年には走査線120本、毎秒像数20枚でフィルム送像の実験に成功した。

1937(昭和12)年になると、日本のテレビジョン研究もかなり充実し実験放送の開始が要望され、これに備えて日本のテレビジョン標準方式を審議するため1938(昭和13)年に電気学会にテレビジョン調査委員会が設置された。同年9月に暫定標準方式として走査線数441本、毎秒像数25枚、飛越走査、電源同期などが決まった。

その後紀元2600年に当たる1940(昭和15)年に、国際オリンピックを東京に招致しようとする計画がおこり、その実況をテレビ放送しようと企て、カメラ、送信機、受像機の開発が計画された。大電力送信管として陽極損失30kWの両端水冷管SN-628が開発され、42MHz、20kWのテレビ用超短波送信機が準備された。残念ながらその後の国際情勢の悪化によりオリンピックは中止となったが、この準備期間中の努力でテレビの総合技術レベルは著しく向上し実用化段階まで到達した。開発された各種装置は1939(昭和14)年、全国各地で公開され一般大衆へのテレビ知識の普及に貢献した。

現行のテレビ標準方式(525本、30枚、電源非同期)は1952(昭和27)年に制定された。この年、東京、名古屋、大阪地区に対するチャンネルプランも発表され、1953(昭和28)年2月1日にそれまで実験電波を発射していたNHK東京局が映像5kW、音声2.5kWをもって正式放送を開始し、8月には初の民間放送局として日本テレビ(NTV)が開局した。

テレビ放送用各種機器は1951(昭和26)年からNHKと当社の間で共同研究を開始した。日本初のテレビ放送機は正式放送の前年、1952(昭和27)年、大阪生駒山放送所に据え付けられ、京阪地区の実験放送に使用された。この装置は映像5kW、音声2.5kW、電源非同期型に設計され、真空管は新たに開発された6F50R(エクサイター)、7T24R(電力増幅)を使用した。当社はテレビ新時代の要請に俊敏かつ果敢に対応 し、カメラ、放送機、受像機まで殆どの機器を開発した。

TV中継装置 牧ノ原中継所全景
TV中継装置 牧ノ原中継所全景

東京-大阪間中継による最初に受信されたTV映像
東京-大阪間中継による最初に受信されたTV映像

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