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日本初の磁気遮断器
(東芝マグネブラスト遮断器)の誕生

アークの性質上実現困難とも言われたが、前例のない新アーク制御でブレークスルー。

日本初の磁気(マグネブラスト)遮断器の画像

昭和20年代は、電圧3.3kV~6.6kV級の高圧遮断器としては、絶縁油を遮断媒体とした油遮断器(油入遮断器ともいう)が使われていた。

当社は1943(昭和18)年に磁気遮断器の原型となる曲隙型磁気吹消気中遮断器を開発した。この遮断器は遮断媒体に絶縁油を使用しないため、火災に対する懸念がないという特長があったが、それまで使われていた油遮断器に比べ外形寸法が大きかった。また、遮断あるいは開路する電流を利用して作られる磁束と、その時発生するアーク(アーク電流)の相互作用(フレミングの法則)によって、接触子間に発生したアークを引き延ばして冷却遮断すると言う遮断原理から、短絡電流のような大電流の遮断時には大きな消弧能力が生じるが、1,000A以下の小電流の遮断時には消弧能力が低下しアーク時間が極端に長くなると言う大きな課題があった。このため、この遮断器は商品化には至らなかった。

遮断媒体を使わない自力消弧方式遮断器の宿命といわれていた小電流の遮断に対しては、開閉動作時の可動側にピストンを固定部にシリンダーを取り付けたエアーブースター(空気吹き付け機構)を考案した。これは、開路動作によって接触子が開離した時に、閉路動作に伴ってピストンがシリンダー内で圧縮した空気流を可動アーク接触子へ吹き付け、接触子間に発生したアークをアークシュート(消弧装置)内へ押し込む方法で、これによってアーク時間を短くした。また、外形寸法の小型化に対しては、アークシュートを下向きに配置する構成によって、油遮断器と同等以下の容積に収めることができた。このアークシュートを下向きに配置する構成は前例もなく、アークの性質上実現困難ともいわれたが、綿密な検討と検証試験を経て課題を解決した。かくして、国産初の磁気遮断器が誕生したのである。

その1号機は、形式AKM-5、定格3,450V-600A、800A、1,200A-50MVAであり、1951(昭和26)年8月、東芝マグネブラスト遮断器という商品名でキュービクルに収納され、東京八重洲口のブリヂストンビルに納入された。この製品は、配電盤・器具関係の乾式化の一号製品でもある。

1953(昭和28)年には、気中遮断器の東芝マグネブラスト遮断器を収納したキュービクルを東京電力日比谷変電所へ、オール乾式変電設備として納入した。

定格は6,900V-1,200A-250MVAで、東芝マグネブラスト遮断器の技術的基礎を築いたものである。

磁気遮断器は消弧媒体に絶縁油を使わないので、火災に対する懸念がなく、保守点検が容易であり、また自力消弧方式のため、遮断時にサージ電圧を発生しないと言う特長から、需要が拡大し、モデルチェンジを重ねながら定格容量も拡大して、ビル施設や工業動力制御用から、火力発電所や原子力発電所の補機設備用として広範に使われるようになった。

このようにして、東芝マグネブラスト遮断器は、昭和30年~40年代にかけて全盛期を迎え、真空遮断器が登場するまで、このクラスの主力遮断器として、ひとつの時代を形成したのである。

東京電力日比谷変電所納入品
東京電力日比谷変電所納入品

昭和29年製造中のマグネブラスト遮断器
昭和29年製造中のマグネブラスト遮断器

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