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日本初の手動操作式油入開閉器

明治の終わりに電流遮断の新たな一歩。
木製油入開閉器の主役は乾燥させたアメリカ松。

日本初の手動操作E-2形油入開閉器の写真
写真は日本最古の現存する
特別高圧油入開閉器(1911年製造)

高電圧回路に流れている電流を遮断することができる機器を開閉器(または遮断器)という。電流が流れている状態で急に遮断すると開閉器(または遮断器)内部の接触部分でアーク(落雷と同じ現象)が発生する。

このアークをどのような媒体の中で消すかで、いろいろな種類に分類される。媒体が油であるものを油入開閉器という。通常電流の何十倍にも達する故障電流を遮断することができる機器を開閉器と区別して、遮断器というが、明治時代は区分せず一律に開閉器と呼んでいた。遮断器の呼称は大正時代に入ってから使われるようになった。

1902(明治35)年製図の品川電灯向け油入開閉器の図面が当社に現存する最古の図面である。

1911(明治44)年に芝浦製作所(当社の前身)は、45kV-250Aの油入開閉器を日本で初めて作った。現存するものとしては、その時の製造図面と同一型番で、一部改良変更された製品が東芝未来科学館で展示されている。写真の製品は、1917(大正6)年に王子製紙苫小牧工場第1変電所に納入した三相E-2形油入開閉器の一相分である。

全体の構造は、一相当たり2槽の木製丸形タンクに開閉接触部をおのおの納め、木製のタンクには油を詰めた。タンク下部に固定接触部があり、可動ロッドが上下して開閉を行う。開路操作を行うと、木製タンク上部の碍子製ガイド部、上部木製の蓋に設けたガス抜き穴より、油の分解ガス(主成分は水素ガス)が噴出する。開路時の絶縁は、木製タンク内の気中間隙(かんげき)に頼る構造である。

明治時代の製造図面が当社浜川崎工場に現存し、図面によると木製タンクの材料は「アメリカ松」とあり、処理方法が「材料ハ充分乾燥シタル上、リンシード油ニテ四八時間煮、摂氏七拾度位ニテ乾燥スル事」と指定されている。木製丸形タンク製造の工作方法については、「全周四八枚成可ク板目ヲ出ス事」、「合セ目ハ膠(ぴったり)作ル事」、「外部ラック塗リノ事」などの指示がされている。製造図面の製図日付には「20日4月44年製図」と記載され、この開閉器は、1911(明治44)年から製造された日本初のものであることがわかる。また寸法はインチで記入されている。

東芝未来科学館展示の製品は、王子製紙の第1変電所の老朽更新で撤去され、当社浜川崎工場に1962(昭和37)年に里帰りした。その後、東京電力の電気の史料館に貸し出し、展示を経てから、東芝未来科学館で引き取り、現在に至っている。この引き取り品は、明治時代の製造図面と外観的にも異なり、絶縁物として木の代わりに碍子が使われている。1994(平成6)年にX線診断とファイバースコープ撮影の両方で内部調査を実施して、木製タンクの内部構造が明らかになり、明治時代の製造図面と異なることがわかった。しかし、タンク内の構造物のアーク痕跡から電流遮断・消弧(しょうこ)はどの部分で行われていたかがわかり、歴史的な史料であることを物語っている。

E-2形油入開閉器外形図
E-2形油入開閉器外形図

昭和37年浜川崎工場引取時のE-2形油入開閉器組立状態
昭和37年浜川崎工場引取時のE-2形油入開閉器組立状態

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