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日本初の水車発電機

日本列島の豊富な水を活かす発電事業に着眼。
黎明期の水力発電事業を支えた、水車発電機。

日本初の水車発電機の画像

日本最初の事業用水力発電所は、1891(明治24)年に運転を開始した京都の蹴上発電所である。そのNo.15号機として1895(明治28)年6月に据え付けられた60kW単相交流発電機は、1894(明治27)年末に芝浦製作所が製造した日本初の国産発電機である。

この発電所には全部で19台の発電機が据え付けられたが、他は全て欧米からの輸入品であった。なお、この芝浦製作所製の発電機はNo.15号機であるが、建設順序から言えば8番目に据え付けられた。

発電機は交流スタンレー2線式のベルト駆動の横軸機で、定格は単相60kW 1,000回転/分2,000V 133Hzであった。

発電の仕組みは、電機子巻線と界磁巻線が固定子側にあり、回転子が歯車状になっており、その回転によって磁気抵抗が変化するために、電機子巻線を横切る磁束が変化して誘導電圧が発生し交流電力が得られるという、いわゆる誘導子形の発電機である。

なお、水車は20台据え付けられ、そのうちの2台は1892(明治25)年、石川島造船所(現:株式会社IHI)で製造された。

ここに至るまでの発電機の発達に関する経緯は、一般の技術史、当社や電力会社の社史、および琵琶湖疎水記念館の資料などに記されているが、それによると、世界初の発電機は1833(天保4)年製、日本初の発電機は1883(明治16)年製で、いずれも直流発電機である。しかしこれらの直流発電機は整流子に問題があったため、その解決策の一つとして交流発電機が考えられた。

世界で最初に製造された交流発電機は、Professor Massonの示唆を受けたJoseph van Malderenによる1856(安政3)年製のものである。 日本最初の交流発電機は1894(明治27)年に製造された本機である。

東芝レビュー10巻7号(578頁)によれば、1893(明治26)年に田中製造所から芝浦製作所になった当時、専任主任であった藤山雷太が時代の趨勢を察して三井部内の反対を押し切って電気機械製作を開始したが、それがこの本邦初の交流発電機の製造につながったと記されている。

その後、1901(明治34)年までに、水車との結合がベルト駆動方式から直結になり、また回転界磁形の三相交流発電機が開発された。1916(大正5)年には立軸機も開発され、これらによって水力発電機の原型が整った。それ以降は、高速化または低速化、高性能化、大容量化など時 代の要求に応じて、新材料・新構造・新技術の開発・実用化が行われ、次々と新記録機が製造されて、電力系統の中核を担う水力発電機として発展していった。

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